ガパオ日記

ふとした疑問を、童心に帰って全力で考えるブログです

なんでスマホがないと不安になるの?

人々の生活にスマホはなくてはならない存在となっています。朝起きてスマホ、電車に乗ってもスマホ、授業中もスマホ、食べる時もスマホ、、、、。

もし、スマホが手元になかったらどう感じますか?なにかしらの「不安」を感じませんか?

そこで思うわけです。

 

「なんでスマホがないと不安になるの?」

 

世の中にはスマホ依存という言葉もありますが、私はスマホ「依存」というほどではないと思います。でもなぜかスマホがないと不安だし、なぜかなんとなくスマホをいじりたくなるのです。

 

答えを探すべく、辿り着いのがこの記事。

forbesjapan.com

 

この記事には驚くべき文章がありました。

私たちは「テクノロジーは中立だ」と誤って信じ込ませられている。そして、テクノロジーは実際には、私たちの脳が持つ「習慣化」する傾向を利用できるように操作されており、業界関係者らはそれを「脳のハッキング」と呼んでいるという。ハリスはこのハッキングが、私たちの集中力や人間関係を「破壊している」と警告する。

 

ここに答えがありました。脳がハマるような性質を持つからスマホを弄ってしまうんです。

脳の「報酬を求める」特性がこの問題に大きく関わっていると見ている。

 

脳はもともと報酬を求めて行動を決めます。これは感覚的に納得できます。人間は意味のない行動はしようとしないで、必ずなにか成果や報酬を求めて行動をします。

スマホを弄れば、様々な種類の大量な情報が手に入ります。つまりスマホを弄るだけで報酬が得られるのです。

さらに、スマホを弄らないとなると今度は「FOMO(Fear of Missing Out、何かを逃す不安)」が働いてしまいます。

何かを失う感覚と不安が結び付けば、「孤立している」という意識がもたらされる。脳が既に不安を和らげる習慣を確立しているときに、その習慣を混乱させるようなことが起きれば、そこで結果として予測されるのは、不安の増大だ。

 

要するに、スマホを弄ることで脳の不安を和らげるという習慣を確立しているところで、スマホが身近にないとなると、結果として不安が増大してしまうのです。だからスマホを身近に置き、そして常に弄ってしまうんです。

 

 

今日の考察

スマホは、報酬を得たいという脳の行動原理にフィットしており、スマホを弄らないとかえって報酬を取り逃がした感覚になる。現代人はスマホを用いてこうした脳の不安を和らげる習慣を作ってしまったため、スマホが身近にないと不安が増大し、現在の状況を改善できないのである。」

 

 

学問ってなんだろう?

「勉強つまんない」「なんのために数学やってるの」とか思ったことありますか?私はあります。今日は「なんのために○○やってるの」疑問を解決すべく自分なりに考えてみました。

 

 

「数学」

そもそも数字というのは何に使うでしょう?

「テストの点数が90点」「敷地面積100m^2」「最高気温23℃」

こうしてみると数字は何かを比較するときの手段として使われます。それも大きい小さいなど漠然としたものでなく、より定量的な表現です。

そう考えると、「数字は絶対的な比較指標」といえます。

 

数学というものは数字を扱うものです。ときには物理や化学の中でも用いられます。演算を行うことで、最終的にある値を得ます。数学においては、異なる手法で演算を行っても答えとなる値の出方は一通りです。

 

このように考えると、数学は「絶対的な比較指標を用いて、物事を詳細に検討する学問」であると言えるでしょう。

 

もう少し考えると、数字が文字という意味で日本語や英語と一緒とする、つまり「2」と「い」は等価であり、数字による表現が日本語の文章と等価とします。通常の言語は現実世界を切り取ったものなので「緑」といっても信号の青が緑という人、葉っぱが緑という人様々で、どこからどこまでが緑というかはっきりしません。「優しい」という言葉も場合によってさす対象が変わりますし、人によって捉え方が違います。

通常の言語は境界が曖昧ですが、数字は境界がはっきりして一意性があります。

 

そうすると、数学は一般に存在する言語と異なり「曖昧性を排除した言語である」とも言えます。

 

「国語」

まずは一つは言語の習得でしょう。

「読む」「書く」「話す」「聞く」において日本語を使えるようにする。

 

その上で、日本語の文章を読んだ上で何か考えたり感情を把握したりします。物語文においてこの行動をとった理由は何かとか、この論説文は何が言いたいかなどを考えさせます。

 

まとめると、国語は「言語を使いこなし、論理的思考力を養う学問」と言えます。

 

 

「物理」

比較的わかりやすいと思います。世の中の物理現象に成り立つ法則を学び、それを使ってある時刻での物質の状態を導きます。ボールを投げたらどこに着地するか、などですね。

物理では詳細な検討をするため数学を用います。「10秒後にはこの辺りにある」ではなく「10秒後に座標(10.2, 3.0)にある」というような情報を知りたいからです。

 

物理は「ある時刻や状態における物質状態の予測をする学問」であると言えます。

 

「化学」

化学は物質を分解して考えます。大きなモノとして考えず、原子、分子レベルに分解して考えます。それは、目に見える形では理解できない物質の変化を理解するためです。簡単に言うとホッカイロがあったかくなる理由を知りたいのです。

 

またある現象を解明すればそれを応用して、自然には存在しない驚くべき物質を作ることができます。それがコカコーラゼロなどに含まれるアセスルファムKなどです。1滴でめちゃくちゃ甘い物質を作り出しました。

 

化学は「ミクロな視点での諸現象の解明し、新たな物質を作り出す学問」と言えます。

 

「歴史」

歴史は上手く納得がいきませんでしたが、こんなことだと思います。

 

歴史を学ぶと言うことは、現在だけでなく過去を知るということです。これを一人の人間に置き換えると、過去を探るということです。もし歴史を学ばないと、記憶喪失したのと同じようなもので、もちろん生きてはいけますが見える世界が違ってくると思います。

 

もう一つの例で言えば、引き継ぎ資料みたいなものです。引き続き資料なしであることをするより、引き続き資料があった方がなにかと便利ですよね。

 

これをもう少し考えると、引き続き資料は今どうすべきか決めるための材料になるもので、歴史は材料を用いて今どうすべきか考えるものであり、また引き継ぎ資料をより良いものにする、つまりその材料をより正しく理解できるようにするものです。

 

よって歴史は「過去との比較により現代の検討をする、あるいは現代の検討をするために必要な過去を理解する学問」と言えます。

 

 

今日の考察

「数学」

曖昧性を排除した言語であり、絶対的な比較指標を用いて、物事を詳細に検討する学問

「国語」

言語を使いこなし、論理的思考力を養う学問

「物理」

ある時刻や状態における物質状態の予測をする学問

「化学」

ミクロな視点での諸現象の解明し、新たな物質を作り出す学問

「歴史」

過去との比較により現代の検討をする、あるいは現代の検討をするために必要な過去を理解する学問

「絵画」って何が目的で書いているの?

私は特別絵画に関心があるわけではないですが、たまに絵画展に行ったりします。そこで沢山の絵画を見て思うのです。「きれいだな〜」「かっこいいな〜」「すごいな〜」(語彙力、、、)。それと同時にふと思いました。「なんでこの絵を書いたんだろう」「何か目的があってこの絵を書いたんだろうか」。

 

もちろん「綺麗だったから」この絵を書いたというのもあると思います。絵画は写真と似たようなものだと仮定すれば、「美味しそう!」「インスタ映え!」といって写真を取るような感覚で絵を書いている人もいたでしょう。

 

でもそれでは、何百年も残っていて称賛されている、評価されている理由を考えるのには乏しいと思います。そこには人々を魅了する何かがあるから現在でも評価されているのではないでしょうか。

 

 

ここから私の勝手な考えが始まります。

 

絵を描くことには何かしらの目的があったのだと思います。もともとのきっかけは絵を描くのが楽しいからかもしれませんが、最終的には作者の目的を達成するための一つの手段として絵を描いたのでしょう。

 

作者には人々に伝えたい事があって、それを伝える媒体として絵があったのでしょう。その内容は作品や作者によって異なるでしょう。音楽だってそうです。作者にはそれを作る意図があって、受容者がそれを感じ取る、あるいは別の解釈をすることで面白さを感じ、作品の価値を感じるのです。

 

普段人間が人間同士でコミュニケーションをとる時、何かを伝える時、言葉を使います。しかし、言葉だけで説明するとなると、誤解を生んだり本当に伝えたいことが伝えられなかったりした経験は誰にでもあると思います。言葉は一次元の表現です。だからこそ情報が欠落しがちで、伝えたいことを100%相手に伝えるのが難しいのです。

 

そう考えると絵画というものは、二次元の表現だと言えます。言葉では上手く表現できないことを表現する、あるいは言葉による表現における情報の欠落を防ぐために、絵画を描くのではないでしょうか。ちなみに映画は二次元+時間軸なので三次元ですね。

 

 

今日の考察

「作者は絵画という二次元表現を用いて、ある伝えたい考えや事象を伝えている。

書物は一次元情報媒体。

絵画は二次元情報媒体。

映画は三次元情報媒体。」

 

 

この人の考え方も面白いです。

oookaworks.seesaa.net

はじめに

こんにちは、ガパオです。

最近、知的好奇心や探究心が有り余っているお陰で、考えることが趣味になりました。


日々を過ごしていると、深く考えずに通り過ぎてしまうことって沢山あると思います。


それを自分なりに考えて、時には人の力も借りて、考えたことを書いて行きます。


別に「人にこの考えを教えたい押し付けたい」「ブログで収入を得たい」とかそういう動機は全くなく、「ただただ自分の考えを発信した時にどうなるのか見てみたい」という思いで始めました。


もちろん、自分の考えが正しいとは思いませんので、これをきっかけに読む人と共に考えを高め合っていければ素敵だなと思います。